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ティウロン村の笑顔を守りたいブログ

伝えたいこと

19年前ティウロンに行った時は、電気もなく、川や池で洗濯をしたり身体を洗った。

村の娯楽は音楽や踊り、おしゃべりだった。

ギターを弾いて年寄りから子ども達が歌い、踊った。

そこには笑顔があった。

その村にハマり、一人で何度も訪ねた。

英語もマレーシア語も全く話せない私は、旅の指差し絵本という、簡単なマレーシア語の本を持って。

それさえあれば何とかなると一人で旅をした。

いつもポケットに入れていたけど、川で洗濯をしている最中にそのマレーシア語の本を川に流してしまった。必至で追いかける私の姿が滑稽だったのか、みんなが笑った。

語学なんて、言葉なんてもういらなかった。

美味しいってママの料理をたくさん食べて、楽しいって笑って、村人と踊って、それだけで私が村を大好きなのは伝わった。

何もないその村に住みたいと思った。

日本にいるときは、何でもある場所に住みたがっていたのに。

不衛生で、不便なティウロン村に住みたかった。

日本に帰った時はホームシックになるほどたった。

人が幸せを感じられるのは、人との関わりの中でしか生まれないんだと知った。

優越感は何も満たしてくれないとわかったから、家も寝られたらいいし、車も動けばいいと思う。

その分、村人達に会いに行って、笑える時間を増やしたかった。

今日いぶきが「すごい人かなんてどうでもいい。面白い人と友達になりたい」と言っていた。

私もそう思う。

すごいねなんて言われる人にならなくていい。

友達になりたい、あなたといると面白い!そう思われる人になって欲しい。

私が一緒にいて面白かったのは、ギター一つで歌い、踊り、笑えるティウロンの人達だった。

何もない中で幸せを知る人々が魅力的でならなかった。

その魅力的な人々を伝えていきたい。
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キャップがたくさん


我が家は賃貸アパート。
ベランダは2つ。

洗濯を干すベランダと、キャップを保管するベランダ。

上の人から何を集めているんですかと聞かれ、上から見たらゴミ屋敷に見えるかもしれないなと、、😅

植林活動のためにペットボトルキャップを集めているんですと話したら、一緒に集めてくれるようになりました。

岡崎の㈱大久保東海さんに持っていき換金してもらっています。

リサイクルできる物と出来ないものとを障害者福祉施設の方々が仕分けしてくださり、その施設の方々とティウロンの活動資金に振り分けられます。

集まった資金で、写真の村に貯水タンクとパイプを設置する予定です。

それができたら、多くの村人達が助かると聞いたら、ベランダがキャップだらけになることぐらい、なんてことないか😅

今日旦那にキャップを運んでもらい、スッキリしました😊

毎日を楽しむ

冬休み、書き初めの宿題、大会もあるのに、手本を学校に忘れたいぶき。

今週は学力テスト。復習させて下さいと手紙に書いてあるよと言ったら、教科書を失くしたことに気づく。

いぶきは一年の間にどれだけ教科書を失くすんだろう。

普段学校と家の宿題でしか使わない教科書をどこで失くせるんだ。

教科書を探しておいでと言っても教科書を探すことを毎日忘れて帰ってくる。

失くしたことすら忘れ生活出来るいぶきを見てると、大したことじゃないんだなと思う。

「大丈夫、大丈夫」としか言わない。

ならもう大丈夫なんだろう。

「今日は図工だ~🎶」「今日の給食はデザートがある~🎶」とか、毎日の楽しみを見つけて学校に行くいぶきに、もう充分生きていくたくましさが身に付いていると思っている。

「毎日、楽しいんじゃないよ、楽しむんだよ。」

一年生の時にいぶきが言ってた言葉。
今も今を楽しんでいます。

飛びこもう

AI 時代だからこそ大切にしたい人間力。

調べれば載ってる知識でなく、経験こそが人間力を育ててくれると思っているので、子ども達にはたくさんの経験をして欲しい。

たくさんの感動が心を想像力を育ててくれる。

人の優しさには触れた分だけ人は優しくなれると思っている。

友達のおじいさんにいちかが手紙を書いていた。

「いつもいっちゃんに優しいね。だからいっちゃんも優しくするね」

優しさや、笑顔は伝染する。

今年は子ども達と飛び込んでみたい世界がある。

心配もされそうだけど、

大丈夫。

何かあればまた私達を成長させてくれる経験になるだろうし、たくさんの感動がきっと待っているから。

感動のない人生ほど、つまらないものはない。

さあ、飛び込もう。

1日を大切に生きよう

年末、和歌山まで坂本フジヱさんに会いに行きました。

妊娠中、吉村医院で出逢った坂本フジヱさん。「大丈夫やで」の著者で、日本一最高齢の助産師さん。

吉村医院に通っている頃、会いたいと思っていた坂本さんが目の前に現れて、「会いに行ってもいいですか」と、それから何度か和歌山に会いに行っています。

会いに行けば、自分の本当のおばあさんのように良くしてくれて、温かく心強い言葉をかけてくれました。

今年の10月で助産師を引退されたそうですが、10月まで坂本助産所でお産の仕事をされていたそうです。

95歳の最後のお仕事。73年助産師として勤めてみえたと聞きました。

子ども達に「人のために生きなさい」とかけられる言葉はずっしりと重たかったです。

スッと立ち上がり、お土産にとたくさんのみかんを持ってきてくれました。

重たいみかんを軽々持って歩ける95歳。

坂本さんに出逢って10年が過ぎました。

「まだまだ勉強がしたくてね」、と吉村医院に85歳で研修に来てみえた坂本さん。

大きな私のお腹に手を当てて「この中は宇宙やで、どんなに立派な人でさえこの中には手が届かない」と言われた10年前。

「命ってなんですか」と私が聞くと

「命はわからないものだよ」と何十年と命に向き合われてもわからないものだと教えてくれた坂本さん。

流産して死に直面した私に、命が宿った瞬間から人は必ず死ぬものだということを教えてくれた坂本さん。

今度はいつ会えるかなと想うと切なくなったけど、、
時間は有限であることと、会いたい人には会いにいかなくちゃダメだということを再確認した一日でした。

1日1日を大事に過ごそう。
人のために生きよう。