ティウロン村の笑顔を守りたいブログ

愛しい命が産まれました

出血が始まって五日目の夜九時、陣痛が始まりました。声が出なくなるような痛みが定期的にありました。

隣にはいぶきが寝ていたので、起こさないように痛みに耐えます。

今はじっくり赤ちゃんと母親の二人の時間を楽しもうと、一緒にいられる最後の時間だと思って過ごしてました。

しかし、途中、ものすごい出血でトイレから出られませんでした。バケツをひっくり返したような出血が何度も…。

何枚ものパジャマを汚し、トイレもひどい状態になりました。

いぶきの時にもこんなに出血があっただろうかと思うほど。。 ちっとも小さなお産ではありませんでした。

強い腹痛の後に大量の出血と一緒に粘膜に包まれた血の固まりが出てきました。
赤ちゃんだと思い、大切に手に取ります。

胎盤と赤ちゃんと一緒になって出てきていたので、姿はわかりません。

でも手のひらサイズの赤ちゃんは、本当に温かかった。

温かい所にいたんだなぁって。

命は生々しく、そして命は温かい。十月十日を過ごしたいぶきのときと変わらず、本当に温かかった。

赤ちゃんには、「育ててあげられなくてごめんね」と、手に抱きながら謝りました。
そして感謝しました。心から。


赤ちゃんが出た後も大量の出血が続くため、いぶきのオムツをやぶり使いました。

気持ちが落ち着いて立ち上がると、目眩と動悸がし、冷や汗が…。

貧血になり、歩くことも出来なくなりました。

この時、朝の3時をまわっていました。何時間もの間、赤ちゃんは頑張り、いぶきもいい子に寝ていてくれました。

旦那が出張のため、二人の子供を心配しながら、子供の声に寄り添いながらのお産。

思っていたよりも大仕事でした。


どんな小さな命も、簡単には産まれないです。

小さな命も命です。
価値のある大きな命です。亡くなった命だとしても。

私達に宿ってくれた赤ちゃんは、今はもうお腹にいません。


私は、この痛みを忘れません。

赤ちゃんが私を母親にしてくれたこの時間も。

すべてが尊い時間。
そして尊い命。


翌朝吉村医院にいき、子宮に残っていた胎盤を出しました。

本当に痛かった。
悲鳴をあげてしまう程。

もうこんな経験はしたくないって何度も思いました。


小さな小さな命でも、大きな大きな痛みを背負う。

どうか、皆さん自身の命を大切にされますように。心から祈りました。

必ず大きな痛みを背負う人がいるのだから。


最後に小さな赤ちゃんを見ました。小指の先程の命でしたが、人間の形になろうとした赤ちゃんに、奇跡を見せてもらいました。


その後、また貧血になった私は、診察室の隣で休んでいると「赤ちゃん元気に育ってますよ~」と、隣の妊婦さんにかけられた先生の声が聞こえました。

涙が溢れました。。
本当に嬉しかった。


命は幸せ。命は喜び。


皆さんの赤ちゃんがどうか元気でありますように。。


吉村先生がよく言われていた「死ぬときは死ぬ。生きるときは生きる。」

今回、何度も頭をよぎりました。


私はどちらも身をもって経験しました。

死があるから、生が輝き、生があるから死も輝く。


私もこの経験を生かします。それが赤ちゃんの存在を生かすことになるから。

今はゆっくり休みます。皆さんありがとうございました。
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お産の準備

出血が続き、いよいよ赤ちゃんが出てくる準備をはじめています。。

いぶきは破水してから五日間かかったけれど、五日目には食べてない寝てないで体力もないまま、陣痛に向き合っていました。

脳の血管がぶちっと切れてしまうんではないか、、そんな恐怖の中、それでも力むんです。

自分の命を差し置いてでも、わが子の為にありったけの力をこめて。


どの命も命がけで産まれてきました。


今回の小さな小さな赤ちゃんは、私の体をいたわってくれたのかな。


いざ、出血をすれば亡くなった命を実感し、涙が溢れるだろうと思ってましたが、不思議なことに、赤ちゃんがどんな形であろうと、出てくる赤ちゃんを楽しみにしてる自分がいました。

そろそろ会えるのかなって。


形の見えないだろうわが子も、やっぱり宿ってくれた命を実感するため、命を手に抱きたいんです。

会えるのを待っている自分の精神状態にビックリです。

母は強いです。

愛しいわが子はどんな姿であれ、かわいいのだ知りました。

永遠にあなたとともに




今日は家族デー♪
旦那に何処に行きたいか聞かれて、気分転換にディズニーなんて言ってましたが、昨日の健診を終えて気持ちが変わりました。

私達の中に残ったのは、「感謝」だけでした。

宿ってくれた命に感謝をしに、お礼参りにお伊勢さんを選びました。

キャンピングカーに乗って、日の出と共に出発。

途中のサービスエリアで足湯をし、モーニングをしにお店に入りました。

コーヒーについてたミルク(スジャータ)に誕生日の花言葉が書いてありました。

なんと!!私のところにやってきたスジャータが、赤ちゃんの出産予定日の花言葉でした。


「あなたと飛び立ちたい」

何だか、このタイミングで赤ちゃんの予定日って。。
天使っているんだね!って旦那と話してました(笑)
見守られてる気がします。
赤ちゃんからのメッセージかな。


お伊勢さんで参拝し、伊勢うどんに赤福ぜんざいも食べて、1日心もお腹も満たされて帰ってきました。


帰ってから、旦那がスジャータに書かれていた「ふうせんかずら」の花言葉を調べてました。

『永遠にあなたとともに』

赤ちゃんと私達は永遠に一緒です。

命ってなんだろう

今日は病院で心音を再確認する日。

カルテを見ながら、先生がため息交じりに言いました。「命ってなんだろうね…」

隣では、助産婦外来が行われていて、臨月のママさんが心音の聴こえる機械をつけていました。


考えてもわからない「命」の鼓動がドクドクと響いていました。



私はといえば、やはり赤ちゃんの心音はありませんでした。

心臓の鼓動があるかないか。それに命の意味がどうとか考えてしまう、それが人間なんですね。


先生は、「命の個性」だと言われました。

たくさん落ちているどんぐりの実だって、木になるのはわずかなんですよ。

私達の命こそ素晴らしい奇跡なんだと言われました。

「赤ちゃんは命をまっとうしました。でも、これからお産するんですよ。

あさひさん、いいお産をしてあげましょう」


この小さな命もお産する気持ちでいた私には、先生も同じ気持ちで向き合ってくれたことが嬉しかったです。

まだ命として扱って下さって。

いぶきのときと同じように身体を鍛えます。

妊婦さん達に混じって古屋に通って、薪割りでもしようか。

今回は自宅分娩。
小さな命も、家族で迎えます。

赤ちゃん待ってるね。

意味のない命はない

胎児の成長は一週間で一億年という早さで、時間が刻まれているという。
何だか私の一週間も物凄く早く、成長させてもらえた気がします。

まだ出て来ない赤ちゃんに、もしかすると赤ちゃんはまだ産まれることを諦めていないかも!?と期待したりもしました。


仕事の帰り道、偶然に旦那のピアノ演奏をしてくれてるノブ君のお母さんに会いました。

教会の主であるお母さんは私にお祈りしてくれました。

「あさひちゃんに強さをお与え下さい。そしてこの経験が誰かの弱さを救う力となりますように」


こんな小さな命でも意味のない命はない。

どんなに弱い人間だろうと価値のない命なんてない。


目まぐるしく過ぎる毎日も、新しい毎日も、たくさんの出合いにたくさんの人の優しさも、赤ちゃんからのプレゼントに感じました。

私は赤ちゃんが出てくれるのを待ちます。

担当医に「あなたにとってのお産とは?」と聞かれた時、私は「幸せ」と答えましたが、旦那は「命を繋ぐものかな?」と答えていました。

今回、私にはどちらも叶えられませんでしたが、この経験もお産に感じていました。

亡くなった命だとしても、この子を大切に出してあげたいって。


そして、私は思いました。
「お産」とは、母親になることではないかと。

私は短い命にも、母親としての母性をもらいました。
命を繋げるだけでなくて、亡くなった命や宿らない命でさえ、愛し守ろうとする想いがある人はたくさんいます。

私は流産という言葉が嫌でした。産み出すという覚悟は、心音が止まった今でもいぶきのときと変わらない決意があるからです。

どれだけ頑張っても自然で産めないことだってあります。

大切なのは、そこに母親としての愛があるか。

私は少なくとも、今回の出来事が私を母親として強くしてくれたと思っています。

この強さと優しさで、いぶきと旦那を包んでいきたいです。

今日はレコーディング、愛を込めて家族で歌ってきます。

激動の一週間

私は検診を受けた次の日は、ブライダルのヘアメイクのリハーサル(仕事)で出掛けたり、公園に遊びに行ったり、意外と普通な生活をしていました。

勿論落ち込むこともあったけれど、心を静めることが出来なかったのかもしれません。

1日1日と過ぎて行く中で、夢ではないんだと冷静に受け止めるようになりました。

どんな感情も前を向いて受け入れたいと、それが私に出来ることだと思うと、意外と強くいられました。
この一週間の間に、赤ちゃんがまたいつでもここに来れるようにしたいと、少し大きめな車に買い替え、長年勤めた美容の仕事を辞めました。

私には、美容の仕事が唯一の誇りでしたから、いぶきのお産後もすぐに復帰をしていました。

しかし、赤ちゃんが亡くなったことを聞いた後、仕事のことが浮かんだ私に罪悪感が芽生えました。

自分中心に子育てとお産に向き合っていたような気がして、、もっとゆっくり子供達のペースで育児とお産がしたいと思い、ずっと辞められなかった仕事を一瞬にして手放しました。

きっと上手に仕事と両立出来る方もいますが、不器用な私には、これがベストなスタイルと思いました。

技術はまた学び磨けばいい。

でも、今ここにいてくれてる小さな命と、いぶきの成長にしっかりと目を向けたい。

まだここには赤ちゃんがいるんだから、 この小さな亡くなった命を産み出すまでに出来るベストを探そうと前向きになりました。


でも、旦那は日が経つにつれて、落ち込んでるようでした。


私は傷心旅行をしようと旦那に提案しました。赤ちゃんが、時間をくれたのだから、ずっと行きたかった場所へ仕事も忘れてのんびりと。

そして、もう一つ案が浮かびました。「そうだ!赤ちゃんがお腹にいてくれる間にレコーディングをしよう。家族四人で歌を歌って、もし、次に赤ちゃんが宿ってお産のチャンスを迎えることが出来たら、この歌声を聴きながらお産しよう」
いぶきを産む前に、私達夫婦は二人でレコーディングをし、その歌声の中いぶきを産んだからです。

そしてこの子の生きた証になる気がして、私達家族のためのCDを作ることを決めました。

レコーディングというよりも、録音って感じですが、私達には充分でした。

旦那の歌「あなたの人生が幸せ一色でありますように」

【 あなたの人生に幸せが降り注ぐ  僕はただそれだけを心から祈ります

 あなたの命が喜びに満ち溢れ  その輝きがいつでも 消えないように

 ときには月のように 優しく寄り添い

 ときには海のように 強く抱きしめるよ

 雨や風に打たれて 立ち上がれないときには

 空を見上げて

 太陽になって あなたを照らしているから


 あなたの毎日が悲しみに溢れても  どうか たった一人だと思わないでほしい

 いつでも花のように あなたに微笑み

 羽ばたく鳥になって 夢を運んでくる


 ねえ 暗闇に包まれて 明日を見失っても  

 空を見上げて

 流星になって あなたを見守ってる


 あなたがどこで笑ってても 涙を流していても

 そばにいるから 大丈夫  僕はあなたを守っているから

あなたの人生に幸せが降り注ぐ  僕はただそれだけを心から祈ります】

何だか赤ちゃんからのメッセージに聞こえました。


私が大切にしていたものは、多すぎたのかもしれません。シンプルにシンプルに削っていきました。

いぶきのお産を担当してくれた助産婦さんが、教えてくれました。

「小さな命のお産は、お母さんの心が落ち着いたときに訪れるます。」

私に穏やかな時間を、赤ちゃんが与えてくれてるようでした。

穏やかになるほど、心を見つめ涙が出ることもあります。

「ただ赤ちゃんにオッパイをあげたかった。愛情をいっぱいにこの手に抱いてあげたかった」

でも、大切な命を失い、気づきました。

赤ちゃんのことよりも私のことを心配してくれた旦那の家族と兄弟。

私には血の繋がった家族だけでなく、ここにも大切にしてくれる家族がいたことを感じました。

私は杉浦家の子を亡くしてしまい、申し訳なく思ってました。

でも、私に優しくしてくれた旦那の両親。血の繋がりだけが家族ではないこと。

失った家族のお陰で、今たくさんいる家族にも気づいて、私は感謝の気持ちでいっぱいになりました。

本当に大切なものだけが目の前に残りました。

一歳三ヶ月になったいぶきは、私を「かぁたん(母さん)」と旦那を「とぅたん(父さん)」と呼び、私達が親であることを自覚させてくれるように、何度も呼んでは微笑んでくれました。

宿った命とその生命


ずっと出せずにいたブログ。勇気をだして報告します。。


今年のお正月に第二子の妊娠が発覚しました。

妊娠検査薬が、うっすらと陽性反応を示し、私達夫婦は心から喜びました。

喧嘩ばかりしていた私達夫婦を選んでくれたのだから、本当に感謝しかありませんでした。

でも、いぶきの時のような強いつわりがありませんでした。


そして、10週目に入り、吉村医院に行きました。検診したけれど、赤ちゃんの心音が確認されませんでした。

来週また確認しましょうと言われましたが、亡くなる命を受け入れて下さいとのこと。

診察室を出て泣き崩れました。

誰も悪くないと言われましたが、赤ちゃんに幸せを届けられたのか、感謝が足りなかったのではないかと自分を責めずにはいられませんでした。

短い命なら短い命に、もっと愛情を幸せを届けたかったと悔いばかり。

いぶきに赤ちゃんは?と聞くと、私のお腹をさすりました。

まだ小さないぶきがお姉ちゃんになろうとしていたのに、会わせてあげられなくて…本当に申し訳なかったです。

涙が止んだ頃に、母親に電話しました。

わりとサバサバした母親なので、さらっと報告するつもりが、受話器の向こうから震える声が聞こえました。

私は、小さな子供が親の前で泣くように、声をあげて泣きました。

私は泣きたかったんだと思います。悲しかったって、声をあげて。。

母は小さな命が亡くなったことよりも、私の胸の苦しみを感じて辛かったのだと思いました。

母が私に向けてくれた愛情を、私は赤ちゃんに向けられていたのだろうか。

こうして繋いでくれた愛情を、命を私が繋げられなかったことに「ごめんね」と謝りました。


ただ、私はやっぱり幸せでした。お腹に宿った小さな命は温かかったから。

今もお腹の中には赤ちゃんがいます。

赤ちゃんをしっかりと見つめて、この子を自然の力で産みたいと思います。

母親としての役割と幸せを残してくれたこの子に、感謝です。


それに、この子の存在があったお陰で、喜びと悲しみを夫婦で感じさせてもらえました。これが夫婦なんだよと、教えられたようで嬉しかったです。

その日はみんなでこの子を抱いて寝て、優しい時間に触れられて、、やっぱり命は温かいものだと感じました。

旦那とはお互いに謝ってばかりでした。

喧嘩しても、なかなかごめんねが言えない頑固者な二人に、ごめんねと素直に謝る言葉も生まれました。
私達は悲しみに触れましたが、感謝の中にいます。
それを届けてくれた赤ちゃんを誇りに、前向きに生きていきます。


短い命でしたが、この子の命を喜び感じてくださった方、感謝しています。

まだ安定するまでは、ブログでは公表しませんでしたが、私は最近まで吉村医院に通い、ママさんたちと前回の妊娠時のように薪割りやスクワットをしていました。

そしてその妊婦さんの前で、いぶきの時に経験した「幸せなお産」を自慢気に語っていました。

そして、この小さな命をこれから産みます。

お産には悲しいお産もあることを、身を持って知りました。

吉村医院を訪ねた初日、担当の先生に聞かれました。「あなたにとってのお産は何ですか」迷わず「幸せ」と答えましたが、今の私にはわかりません。

ただ、これが命なんだと知りました。


そして、全ての喜びも悲しみも共に支え合うこと、それが夫婦で家族なんだと教わりました。

喧嘩もたくさんしていた私達に宿ってくれた命は、私達夫婦に思いやりを与えてくれました。


そして短い命にも、小さな命にも、この子がここにいてくれた価値を見いだしたかったけれど、その命の価値を、誰よりも夫婦で感じられたこと、感謝出来たことは、私達夫婦にとって、本当に幸せでした。

また、ゆっくりだけど、前に進もうとする私達夫婦を、これからも見守っていて下さい。




バレンタイン

昨日はバレンタイン。旦那にチョコレートと服を買いにイオンへ行きました。
サプライズのつもりで書いた手紙も、旦那への感謝よりも、お願いになってしまったような…反省です。

旦那には、あなたの夢にNOはないと、あなたの不安になる夢でも、私はあなたが描いた夢なら信じると書きました。

ただ、方法を考えて欲しいと。

自分の身体、健康がないがしろになり、家族が寂しい想いをするなら、優先順位を考えて、方法も考えるべきだと。

家族みんなが健康で、笑顔でいられる方法で夢を見なくては、大切なものすべてを失う気がします。

結局愚痴になってしまった!?私の手紙。

旦那に優先順位を考えてと書いていて気がつきました。

優しさが先。

私も足りてないなぁ、旦那への思いやりに優しさ。

夫婦でしっかりと夢を描きながら、それでも夢を追うばかりに見落としがちなものがなかったか話し合いながら、方法を考えていきます。

昨日は手紙を書いたからか、旦那が家族に優しかった(笑)です。

幸せは人の言葉で揺らぐほど…

ホノルルマラソンに一緒に参加した泉夫婦が読売新聞に載りました。

とてもドラマチックだけれど、現実の二人はドラマ以上に素敵です。

余命宣告をはねのけ、結婚し、二人でガンに負けず生き抜いている。

幸せになるための、二人の苦労と努力がどれだけのものか…


こうした幸せな記事に、「金儲けだろ」なんてコメントをわざわざする人達の気が知れない。

幸せに嫉妬しているのだろうか。

幸せは祝福出来る人に、苦労は向き合う人に、大きな喜びとなってやってくるはず。

旦那と結婚した私に、もし何か言う人がいても、その言葉たちに惑わされるほど、私達の幸せは不確かなものではありません。

病があっても、難があっても、同情されるどころか、嫉妬されるほど幸せになってしまうのは、与えられた自分を全う出来る人だからだと思います。

幸せは人の言葉で揺らぐほど、不確かなものではない。

誰かを傷つける為の言葉よりも、誰かを喜ばせる為の言葉を使いたい。

その時相手は微笑んで、そこから幸せも運ばれてくるから。

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