ティウロン村の笑顔を守りたいブログ

ワクワクが止まらない



実は、旦那にママ友と旅したいなぁなんて言ってたことがありました。

お互い子連れだと気も遣わないし、気持ちもよくわかるから。

夫婦二人だけで自宅出産したきむりえちゃんか、アーティストの森げんちゃんの奥さんえみこさん、カンボジアに近々行かないかなぁ~なんて言ってました。

私はアジアが大好きで、アジアばっかり旅してるのですが、カンボジアには行ったことがありません。

りえちゃんも、えみこさんもカンボジアの里子や孤児院をサポートしてるということあって、二人ともカンボジアには行きまくってるイメージでした。

似たような価値観で旅出来るママと言えば、この二人でした。

そんな矢先、森げんちゃんのメルマガにカンボジアツアーのメンバーを募ってました。

内容は孤児院の子ども達と遊びまくろう!というもの。

これならいぶきも楽しいかも!と思い、げんちゃんに軽くメールすると、次々と現地の写メを送ってくれて、えみこさんからも、ティウロンに子連れで行けたなら余裕だよ!子連れに優しいから一緒に行こう!!とメールが。。

まだ行くと決定もしてなかったのですが、その日はあまりにワクワクし過ぎて寝られませんでした(笑)

旦那は仕事の関係で行けませんが、旦那も行きたくて仕方ない感じ。


でも旦那が行かないとなると、旦那の両親には何て言っていいのか… いつも心配ばかりかけ、「こんな嫁でごめんなさい」です。

ティウロンには病院はないけど、カンボジアは街中で病院もお店もあるし、ホテル泊ということで、安心してもらえたらいいなぁと…

それでも、いぶきと二人でなんてぶっ飛んでるかな。

言いづらい中、カンボジアに行くことを伝えると「カンボジア、いい所みたいね~」なんてお母さんが言ってくれました。

お父さんも何も言わずにただ聞いてくれて、感謝の気持ちでいっぱいになりました。

いつもティウロンの活動に協力してくれて、心配をかけるようなことをたくさんしているのに。。

改めて、家族に感謝。


えみこさんはというと、カンボジアに3歳になる娘さんをこれまで8回連れて行ったそうで、、今回はえみこさんが1ヵ月カンボジアに行く間、10日間だけ日本に一度帰るらしく、その際にはカンボジアの孤児院に3歳の娘さん一人を預けてくるそうです。

すごいですね!

それぐらいに孤児院が信頼出来る場所ってことですね。

日本人スタッフが現地にいて、保母さんをやっていたそうで、孤児院に預けてカンボジアの街中でカフェにでも行こうとえみこさんと盛り上がっています。

なんて素晴らしい環境!
友達とたまにランチ出来るだけで嬉しいのに、自分の大好きなアジアでカフェ?(笑)

育児放棄ではありません。リフレッシュです(笑)。

いぶきには世界中に家族や友達を作って欲しいので、まさにピッタリなツアー。

また子連れのティウロン植林ツアーを作りたいと思っていたので、参考にもなります。


テンションがよっぽど高かったのでしょう、、旦那は微笑むように、私を見ていました。

旦那は「ワクワクしてるあさひが好きだよ」と、「やりたいことをお互いにやっていこう!」と言ってくれました。

今年も旦那は、ホノルルのツアーを企画してますが、これも旦那の夢。

私も何も言わず応援してあげなくちゃ…と反省しました。


いぶきもいつか親を驚かせるような夢を見るのでしょうか。

その時は、私も自分達の親がしてくれたように、応援しよう。

夢はいつもここに無いものを描くけど、幸せはいつもここに在るもの。

それだけは忘れないように、在るものを大切にしながら、夢を見ようと思います。


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メッセンジャー読んで下さい~

今回のメッセンジャーには私も記事を書きましたので、良かったら読んで下さいね。http://www.taka-messenger.com/

生まれたかった命、そして生まれなかった命から学んだこと。

自分の誕生日は、母親が一番頑張った日だから、母に感謝だね!とよく言います。

もちろん一番頑張ってくれた日です。

でもやっぱり自分も同じぐらい頑張って生まれて来たんだと思います。

守られていた温かな子宮から、この世に勇気を出して出てこようとした日、記憶はなくとも、母親と同じように命をかけて。

そして産まれ、そこに存在するということだけで、多くの人に歓迎され、幸せを届けた日。


産まれるってことは非日常で奇跡を感じやすいけど、生きてることも同じ奇跡。日常の中にあるけど。


まだ1cm程の真っ白な命を産んだとき、人間の形すらない我が子を見て、愛しいと思いました。

亡くなった命でさえ、ここまで成長したのは、生まれたかったからでしょう。

赤ちゃんが生まれたかったこの世の中で、私達は今日も感謝して生きようと思います。

自分の身の丈は短いけれど




昨日はメッセンジャー発送&私の誕生日でした。

旦那の実家でボランティアさん含め、メッセンジャーの発送作業をし、その後家族で父の日&私&旦那&旦那の妹の誕生日会をまとめてやりました。

誕生日会にはメンバーが毎年加わるように、家族が増えてきました。

親族だけで日本で披露宴パーティーをした日、旦那のお父さんは涙を流しながら「生きててくれて良かった。この日が見れて良かった。」と言ってくれました。
会場はもらい泣き。

お父さんは、娘二人の結婚式でも笑顔で涙一つ見せなかったそうで、旦那も初めてお父さんの涙を見たと言ってました。

うちの父はというと…花束贈呈のクライマックスで、両手ピースサインでスポットライトの中ヘラヘラと笑ってました。。

なんだ?このうすっぺらい感じ…(笑)

それでも、結婚前の挨拶では、旦那が「あさひさんと結婚させて下さい」と言った瞬間、涙をボロボロ流してくれました。

私もこの時初めて父の涙を見ました。

男は泣くもんじゃないと育った世代の父たちの、涙はとても温かかったです。

父の日を迎え、ふと振り返った昨日。

今日はお友達に手作りケーキで祝ってもらい、幸せな毎日です♪

キラキラ夢を語るみんなが集まるからキラキラ会。

キラキラ会のメンバーに祝ってもらい、夢を語り合いました。私自身の身の丈は短いけれど、手を繋げば丈が広がる。何だって出来そうな気がします。

私が欲しかったもの



いぶきが産まれてから、一緒にお風呂に入っていてもいぶきはうんちをしてしまったことはなかったのですが、今日は初のお風呂うんちでした(笑)

まだ産まれたばかりの赤ちゃんはよくあると聞いていたけど、、今?って感じ。

なんか「う~」と歌ってるなぁと思ってたら、おしりからうんちが見えて急いで洗い場に下ろすと、洗い場に見事にうんちが転がっていきました。。

洗い場を簡単に洗って、いぶきを見ると、いぶきはビショビショの身体で大の字(うつ伏せ)になって廊下で寝転んでました。

思わず声を出して笑ってしまいました。

この本能だけで生きてる、この自由人にあっぱれって感じ。


一歳半健診を終えて、三ヶ月後に様子を見てもらった方がいいと言われたことを人に話すと、皆さん私を心配してくれて。。

私自身は、いぶきよりも成長のゆっくりしていた姪を二人見てるので、そんなに心配はしてませんでした。

冗談で「やっぱりいぶきはおかしいかも(笑)」なんて言っても、「そんなことない!大丈夫だから」と言われると、逆に気まずい空気になったり。

でも、健診では、「問題ないね!」って笑顔でいぶきに私が言うと、保健師さんは、「う~ん・・・。」といった感じで、発達支援事業の案内をくれました。

あれ?問題なの?って感じで、その時は自信満々だった私もひるみました。

でも、私は知っていました。

障害=不幸でないこと、五体満足=幸せではないこと、むしろその逆の人がたくさんいることも。


私にとっては「もしも」の時を考えるきっかけと覚悟をそこでもらったんです。


そして今日、一歳半健診時のブログを見て、心温かい方から手紙をもらいました。

一歳半健診でスタッフとして働いていた方で、一度以前にお会いしたことのある方でした。

内容は、わざわざ私を安心させるために忙しい中、健診のことを教えてくれたんです。

異常を見つけ、診断名をつけるためではなく、健康に育っていることを確認する「けんしん」なので、検診ではなく健診だということ。お母さんが安心出来る場でなければいけないですよね、と寄りそう気持ちがたくさんと綴られていました。

そして「いぶきちゃんの個性をよく理解し受け止めてあげられているから、のびのびと育っているんですね。いぶきちゃんの優しい表情は、愛情いっぱいに育っているからこその笑顔ですね」と書いてくれた文章に涙が溢れました。

私は心配されたかったんじゃなくて、認めてもらいたかったんですね。

健診の結果にショックをうけたんじゃなく、いぶきが一時の健診で、否定されたような気持ちになって、悲しかったことに気づきました。


障害の有無というより、価値の有無に感じてしまったのでしょう。

障害が有るか無いかの「大丈夫」でなく、この子はこの子で「大丈夫」という言葉。

私が欲しかったことを手紙で教わりました。これからのいぶきが一番必要なものでもありました。

「自己肯定感」

私は、どんないぶきも愛し必要だということを、いぶきの根底に植え付け、自信を持たせたいです。そしてどんな自分も愛して欲しいです。

幸せな手紙を受け取った翌日、私は一つ歳を重ねました。

ありがとうございました。

泣いてもいいんだよ



昨日は「抱っこ法」のワークショップに家族で参加しました。

育児の参考になればと参加しましたが、どちらかと言えば大人向けで、人への寄り添い方や、寄り添われることで安心感を学ぶ感じでした。

母親は我が子の為にと、アンテナを常に張ってますが、母親という立場を誰も評価してくれるわけではありません。その大変さを旦那の仕事と競いたいわけでもなく、ただ「ありがとう」と寄り添ってもらえたら、随分違う気がします。

子供以上に気持ちを抱き締められたいのは、母親かもしれません。

「そっか、今日も一日大変だったね」とか「今日もありがとう」と言われたら、一日の疲れなんてとれちゃうんじゃないかな。


ワークでは、泣いてる子供をヨシヨシとあやすんでなく、「泣いてもいいんだよ」と泣かせてあげることが大切と言ってました。

泣いてはいけないんだと我慢することを覚え、感情表現の苦手な子が想いを溜め込み爆発して「キレる」子になってしまうとか。


吉村医院では、自然に赤ちゃんのペースで産まれると、安心感から泣かない子が産まれると言われます。

実際、いぶきは産まれてからあまり泣くこともなく、夜泣きやらぐずることもなく、勝手に寝てくれるので私としては楽でした(今は大変ですが(笑))。


泣かないんじゃなくて、泣けない子になってはいけないということで、気持ちを誘導してくれる方法を教えてもらいました。

横抱きにし、「泣いてもいいんだよ」と「◯◯の時、本当はさみしかったよね」とか子供の気持ちを代弁しながら声を掛けてあげる。

家に帰ってから、試しにやってみました。

横抱きにし、「泣いてもいいんだよ~」と話しかけた瞬間、、

バカウケ。

声をあげて笑ってました(笑)。

まぁ、溜め込んでる様子はなさそうです。

母親の方も溜め込まず、泣いて笑って子育てしたいですね。

自分を生きよう



毎日体力がついてたくましくなるいぶきは、もう外遊びがしたくてしたくてたまらないようです。

朝の五時や六時に、外に連れていけとおねだりが始まります。

こんな早くから、誰もいないのに…散歩しては、毎日何かしら発見しています。

鳥や、犬や、花や虫に、、小さな身体で大きな感動を表現してくれます。

かわいくて、かわいくて。(笑)

最近は、よく思い出すんです。

いぶきの産まれた日のこと。

仮死状態のいぶきに、みんな祈るように酸素をおくってくれました。

ギリギリの命だったことに、今更ながら「本当に助かって良かった」と思うのです。

今の私達夫婦には、いぶきがいないということが、想像できません。

障害の有無はどちらでもいい。

でも、いぶきはいぶきでなくちゃ。

どんないぶきでもいてくれなくちゃ。


障害があるかもと言われた一歳半検診のお陰で、私はいぶきの存在価値を改めて感じ、命はあるだけですばらしいことを、再確認出来ました。

みんなそれぞれ自分でなくちゃ。

それが産まれるってことで、生きることに感じました。

さぁ、自分を生きよう。


被災地にアロマを送ろう


私の大好きな友達きむりえちゃん。自宅で夫婦二人だけでお産したパワフル母ちゃんです。

初めて会った時に、「お友達になりましょう」「文通しましょう」とりえちゃんが声をかけてくれました。

この時代に文通です。正直驚きました(笑)。

でも、あまり会ったことなんてないのに、手紙はお互いに五枚六枚と書き合う程。

ずっと昔から繋がっているような存在です。

手紙には、それぞれの夢や活動、熱い想いが綴られていました。

なんかどこかで、似てるなぁと共通点を感じる部分もありました。

会う前に、てんつくマンからは「りえちゃんって変態がいる。あさひちゃんとよく似てるし、仲良くなるよ」 なんて、言われてました。


私はとても、自宅で夫婦だけでお産なんて出来ないし、私は変態じゃないですが…(笑)

会って話すと、ワクワク夢が膨らみました。

彼女に会えたから、ママでも夢が見れると思えました。

りえちゃんは、結婚前はインドで坊主になり修行し、自転車でインドを一人旅していました。

結婚後も、カンボジアの里子支援や日本の川を竹炭できれいにするボランティアなど活躍し、命の大切さを伝える講演会など、ママになってもパワフルな生活をしていました。

東南アジア好きだし、カンボジアの活動と、ティウロンの活動への想いが重なるからかもしれません。

そして、お互いに夢を応援してくれる旦那(家族)がいること。これも大きな共通点です。

大き過ぎて笑われてしまうかもしれない夢も、りえちゃんになら話せるし、叶えていける気持ちになるんです。

りえちゃんが、今はバースカフェというお産の話をする場所作りを、全国でしています。

是非ブログを見てくださいね。http://ameblo.jp/birth-cafe/



そして旦那の竹炭職人のきむさんは、被災地に竹炭を持っていきボランティア活動をしています。

放射能の数値を下げる効果が竹炭にあるそうです。

私が今アロマのスクールに通っているのですが、アロマの先生が、アロマを被災地に送り癒しを届けたいと考案したのですが、なかなか届けてくれる人が見つからない時、 きむさんが快く承諾してくれました。

アロマに興味がある方、是非一緒に被災地に送るアロマを作りましょう。私も行きます。

なんだか話が飛び飛びになってしまいましたが、素晴らしい活動をしてる人が周りにいて嬉しいです。



『被災地に香りを贈ろう』プロジェクト〓(無料)
日時:6月20日(月)10~15時
場所:アロマセラピーサロンエッセンス-n
住所:岡崎市洞町鷹野14-20(インター近く、ピアゴ洞店横、煙突のある白い家です)
電話:0564-47-8952
内容:アロマスプレー作りを簡単にしていただきます。
お好きな香りを選び、アロマの精油を入れ、メッセージを書いてボトルに貼っていただくだけの作業になります。
所用時間は10分程度です。
料金は一切かかりません。

同時に、せっかくなので
安心安全な虫よけスプレーもお作りいただけますので、ご希望の方はぜひどうぞ。(こちらは料金がかかります。)

皆さんの想いが 素敵な香りにのって伝わるとよいな(^-^) と企画しました。
アロマの精油は香りの良さはもちろん、その薬効成分は心や体に優しく働きかけます。
スプレーを一吹きする度に 被災された方が少しでも心が軽くなられたら嬉しいです♪
そして、被災地のために何かしたいけど…と気にとめてみえる方々の心にも、お役に立てれば嬉しいです♪
出来上がったスプレーは、現地のために解毒作用の高い竹炭を作られてお役に立とうと活動されてみえます
木村剛士さんに、お届けをお願いできました!
心ある方々に作っていただき 心ある方に届けていただける運びになりましたこと、感謝でいっぱいです。ありがとうございます。
ぜひたくさんの方々に作成いただき、たくさんの被災地の方々に喜んでいただきたく
お願いのお知らせをいたしました。
どうぞよろしくお願いします。

※駐車場は一台分しかありません。近くに大きなお店はたくさんありますのでお買い物ついでにお寄りくださいませ。
公共交通機関は名鉄バスのバス停『洞町』が近くにあります。
ナビではでない場合がありますが、ピアゴあたりにくると煙突がすぐ見えますので目印にいらしてくださいね。

お問い合わせは
nao119@c.vodafone.ne.jpまでお願いします。
吉村医院受付横のカウンターと保健室入口に、エッセンス-nのサロンカードが置いてあります〓そこには地図もありますのでよろしければそちらもご参照くださいませ。(時々補充していますが、無い場合は申し訳ありません。)

それが母親



一歳半検診が終わり、その結果を旦那に報告しましたが笑っていました。

深刻になる人でなくて良かったです。

私達は、3ヶ月様子を見て今と変わらず落ち着きのない子だとしても、医師に見てもらうつもりはありません。

妊娠中、吉村医院では、妊婦に性別を教えてくれません。そして、どんな障害があっても妊婦には伝えられません。

どうしようもない事実を伝えたとしても、妊婦に不安をあおるだけです。

それとも障害がある命は、絶ってもいいのですか。
私はそうとは思いません。

吉村医院で事前に障害があることを伝えられないのは、不安に過ごすよりも、何も知らず幸せに妊婦生活を過ごすことの方が母体にも、赤ちゃんにもいいからです。

いざ、赤ちゃんが生まれる頃には、障害なんて気にならず、生まれた命に感謝出来る母になっているからです。

それが母親です。


今、子育てしている母親も同じように、どうしようもない事実を突きつけられても、、「うちの子はおかしいのか…」と、孤独という殻にこもるだけです。

例えば、昨日まで面白いと見てきた行動すら、病気に見えるぐらいなら、親に告げなくてもいいと思うのです。

治療がなく、受け入れて子育てして下さいというのなら、誰よりも子供の存在そのものを受け入れているのは、母親です。


私は、朝家事をこなし、公園に行き、昼からは支援センターに買い物、そして晩の仕度と、常に一日中動いているような生活をしています。

「落ち着きがないと、お母さんが大変でしょ」と、検診では言われましたが、こうして一緒に動けるんです。


私達夫婦が決めたことは、お利口に育てることでなく、この好奇心を育ててあげることです。

エジソンのお母さんみたいに、みんながおかしいと言っても、エジソンを素晴らしい好奇心の持ち主と育てたように、母親に大切なものは、愛と信頼でしかないと思います。

いぶきの好奇心を、これから開花させてあげられるように、たくさんのものを見せてあげたいです。

どれもかわいい子供の個性



今日は一歳半検診がありました。

身体測定に歯科検診、積み木を積んだり、いくつもの絵から犬を指差せるように誘導したりと言うもの。

長時間の待ち時間に、いぶきは走り回り、ちっともジッとしていられず、これだけ動き回っている子もいませんでした。

でも、検診では、みんな泣いたりわめいたりしていた中、泣くこともなく検診出来たので、いぶきを誉めてあげました。

結果報告?では、順調に育っていると言われたのですが、普段も落ち着きがないか聞かれて、「いつもこんな感じです」と答えると、発達支援事業の案内をもらいました。

みんなに配られていたのかもしれませんが、3ヶ月過ぎても変わらなければ、一度様子を見てもらった方がいいとも言われました。

私は、落ち着きのない子を持つ母として、時に大変とは思ってましたが、心配もしていなければ、これが「子供」で「個性」と思ってましたから、予想外の報告にショックを受けました。

こんなに話せるようになったのに、話してることもわかって、卒乳だって出来る程色々と理解出来るようになったのに…

と、出来る事にばかり目が行くのが母親でしょうか。

元気な子供が理想の私としては、 わんぱくも長所です。

恥ずかしがってママから離れない大人しい子供も、調子に乗って暴れまくる子供も、私にはかわいい子供の「個性」に見えてしまうのです。

そんな私は自由をさせ過ぎる、甘やかせ過ぎな母親なのかもしれません。

体重や身長のような数が見えない成長の部分を量るものさしが、私は随分ずれているのでしょうか。


待ち合い中、絵本の読み聴かせもありましたが、読んでくれる絵本よりも、その後ろにある絵本に興味があるような娘です。

数メートル離して、お母さんの場所まで歩いて来れるかを確かめる場面。自信満々の私。いぶきは名前を呼んでる私をこえて、後ろにあるプーさんの絵に走って行くような娘です。(笑)

「利口」というものさしの枠におさまるような我が子ではありませんが、私にはかわいいかわいい子供。
発達に障害があるかはわかりません。

ただ、わかったことは、障害があっても、親にはかわいい個性となること。

愛する気持ちは変わらないこと。


一歳半検診で、私は母の成長を検診してもらえたようです。

卒業する切なさ



一歳半を過ぎ、しっかりと歩けるようになったいぶきを見て、そろそろいいかなと「卒乳」を試みました。

助産婦さんからは、卒乳のタイミングとして、しっかりと食事が出来るようになったか、自分の足で歩けるようになったかが目安と聞きました。

自分の足で歩けるようになったとき、子供は自立していくんだとも聞きました。

自然にやめるまで飲ませようかとも思いましたが、次の子を授かるためにも、万全な準備をしたいと思ったから。

いぶきも随分と言葉がわかるようになりました。

「ある」「ない」の判別はつく。

いぶきには、「もうすぐおっぱいがなくなるよ」と話してきました。

「バイバイ出来たら、また赤ちゃんが来てくれるかもしれないよ」って。


でもこれもこちらの都合。
試してみて、難しそうなら、頑なにならずまたその時期を待とうと思いました。

ママ友からは卒乳の際、大きなバンドエイドを貼ったと聞いたので、私も同じようにバンドエイドを貼ってみました。

いぶきには「これでバイバイだよ。いっぱい飲んでくれてありがとう。大きくなってくれてありがとう。」
と伝えて、最後にたくさん飲ませてからバンドエイドを貼りました。

いぶきに「パイパイがなくなっちゃったね」と見せると、不思議そうに沈黙。。
ただ、「ない」ということだけわかったようです。

おっぱいを飲ませる前のまんべんない笑顔。幸せそうに飲む姿。

それから卒業する私も切ない気持ちでいっぱいでした。

いつも、夜は添い乳しながら寝かしていたので、夜は寝かしつけが大変かと思いきや、私の胸に抱かれながら寝てくれました。

夜中何度か目を冷まし、「パイパイ」と私に近寄りますが、もうないんだよと乳を見せると、諦めるように、また私に抱かれ眠りました。

いぶきを抱きながら「頑張ってくれたね。ありがとう。いぶきが頑張ってくれたから、赤ちゃんも来てくれるよね」と言いながら、切ない涙がこぼれました。

ずっと卒業出来なかったのは私の方だな。

一歩一歩自立していくいぶきを、一歩一歩離れていく寂しさが勝り、喜べない私がいました。

子供は強いし、大きい。
母から巣立つ日を喜べる母になりたいなぁ。


たかが「卒乳」。

でも、いぶきには一生のことと思うと、大きな一歩に見えてなりませんでした。

これまでは、ヘソの緒で繋がり、乳で繋がり、栄養を私からいぶきに与えてきたけれど、これからはしっかりとした絆でたくさんの愛情を注いでいくからね。
自立していくいぶきの姿と、たくさんの栄養を作ってくれた私の身体に感謝する出来事でした。

収穫したもの



旦那が発行している雑誌メッセンジャーに、私も記事を書かせてもらいました。

産まれて来なかった赤ちゃんの話。


私は二回のお産を経験しました。

一度目は仮死状態の中産まれたいぶき。

そして二度目はまだ小さな手足のない真っ白な命。

どちらも変わらない命でした。

もしかして、いぶきの時も処置が遅れたら息を吸わないまま亡くなっていたかもしれない命。

お産の一番近くにあるものは、生か死かどちらなのでしょうか。


当たり前の命なんてないこと、痛みのないお産なんてないこと、価値のない命なんてないことを感じるままに書かせてもらいました。

心に秘めておくよりも、私の場合は命の大切さを教えてくれた赤ちゃんの、「命」を伝えていくことが、赤ちゃんを生かすことになる気がしたからです。

赤ちゃんが亡くなって、ブログで書いたことで、私の身体や心をいたわって、手紙やプレゼントを送ってくれる方がたくさんいました。

本当に感謝しています。

それと同時に、厳しい意見を何人からか、もらうこともありました。

「一月に妊娠したってことは、ホノルルも妊娠中で、そんな中走ったから流産したんじゃないか」

ただでさえ傷付いて、自分を攻めてる頃の私には胸にグサリとささりました。

ただ、今さらながらに撤回させて欲しいです。


ホノルル中に赤ちゃんはお腹にいませんでした。検査薬を待ちきれずに試して、たまたま早くに発覚したのです。

何が悲しかったって、自分が一番自分を攻めてる時期に、状況を知らない人に攻められること。

でも、その痛みも含め乗り越えてきました。


わが子との絆を、強く感じる度に強くなれた気がします。

どんなことでも、グサリと刺さる矢を持つ人がいますが、もう大丈夫。


痛い矢は、痛みを知らない人にしか刺せない。

強いたては、痛みを知った人にこそあるのかな。


傷付けた分失うものは多いけど、傷付いた分、収穫していくものも多いから。

メッセンジャーは、六月下旬に発送予定。

是非読んでみて下さいね。




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