ティウロン村の笑顔を守りたいブログ

親子ボルネオ日記

ティウロンの活動を始めてからよく言われた言葉。

「まずは日本でしょ。」

私は足元が見えていない人間なのかもしれません。

でも、私は、たった百人で暮らす小さな村に出来ることをする。

それが私の役割に感じました。小さな村で、小さなこと。

人には役割があって、小さな子どもの面倒を見るのが得意な人がいたり、老人の介護が得意な人がいたり、お互いがお互いに得意な分野で支え合えたらいいんじゃないかな。

それは家族であっても、社会であっても。

男だから、女だからも関係なく、日本人だろうが、なに人だろうが、地球人として地球規模で色々考えたら、大したことなんて、そんなにないよね。なんて、屁理屈でしょうか。

いぶきに「お母さんは、まぁ、いっかばっかりだよね」と言われる程、
私はいい加減な母親なんですが、ティウロンから帰ってきたら、益々ゆるゆるな人間になってしまいました~(笑)

日本の常識も、日本の社会ではきっと大切。

でも、日本の常識が世界では非常識だったりするし。

常識人間に育ってくれるより、世界共通の笑顔や、愛嬌、優しさに思いやり。

それを持ってる人になってくれたら、いろんなことにまぁいっか~って。

「ティウロンにはトイレットペーパー無かったね~」と、トイレの後は雨水バシャバシャかけられたいぶきは、トイレットペーパーがあるかないか関係なく、用をたしました。

家のトイレに入って、紙があるね~と言ってたいぶきが、何か大きく見えてしまいました(笑)

いろんなこと、有るのが当たり前になると、無いときにクレームものだけど、無いこと
を学んだら、感謝が生まれる。

無いことに文句言って暮らすより、有ることに感謝して生きていけたらいいよね。

こんないい加減なお母さんでも、まぁいいよって言ってくれないかな(笑)
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親子ボルネオ日記

年末年始、マレーシアも、学校は冬休みだった為、今回はいぶきを預ける場所はなく、ガッツリ一緒に過ごしましたが、それも楽しかったです。

町には、学校に行けずダンボールの箱を机に勉強してる子ども達がいました。

スーパーの汚いトイレの前に座って。

いぶきは、ダンボールは嫌だと言ってたけど、お金が無くて学校に行けない子どももいるんだよと話しました。

まだまだ難しい話。どうしたらいいのかね~と話した日の夜。

いぶきは、お金があるから分けてあげようと思い出したように言いました。

そうだよね。お金がある人が分けてあげたらいいんだよね。

お金に価値があるんじゃない。
たくさん持っていることに価値や意味があるんじゃなくて、使い方に価値が生まれるんだよね。

いぶきの持って
る百円だって、途上国では苗木が買えて、たくさんの実をつけたら、生活だって支えてくれる。

イメージしよう。ジョンレノンも言ってたじゃない。

見えない未来をイメージして、価値あるお金をつかえたらいいね。

わずか4歳の子どもにだって分けることが出来るなら、私達大人が出来ることはもっとたくさんあるんじゃないかな。

平和ボケしていた私には、色々感じることが多かったです。

親子ボルネオ日記

一歌が帰ってからたくましくなったと言うより、野生化して困っています(笑)

発狂しまくり(^-^;)

いぶきは、前回食事をほとんど食べられなかったこともあり、日本からいぶきの食べ物を持っていきました。

ティウロンに着くなり、いぶきは、友達にどんどんあげるので、正直 「唯一、いぶきの食べられるものなんだけど、、」とストップさせたい自分がいました。

でも、惜しみなく人にあげられる気持ちを大切に出来ることの方が大切。

いぶきの食事をこれからどうしようかって思いつつガマン。

最初はいらないと言ったミーゴレン(マレーシアの焼きそば)も、友達と一緒に食べると美味しいと言って食べていました。

マレーシアの友達や出逢った人はみんな、私達を本当の家族のように接して、常にfor you の気
持ちでいっぱいでした。

日本には、素晴らしい接客マナーや、おもてなしがあるけど、立て前だけでなく、本当の家族と思って接したら、もっともっと深い関係を築けるんじゃないかな。

惜しみなく与えるいぶきを見て、子どもはみんな最初から持ってるんだなと、大事なことを一つ一つゆっくり取り戻すような旅でした。

風呂場には虫も飛んでいて、何度か体にアブ?も止まりましたが、やっぱりこういう旅だからこそ味わえることがある。

それは高級ホテルでは味わえない、深いところを癒やしてくれる。
ーーー

明日から幼稚園。私は気持ちがまだ旅の最中ですが、明日から普通の日常が待っています。

マレーシアも、学校は冬休みだった為、今回はいぶきを預ける場所はなく、ガッツリ一緒に過ごしましたが、そ
れも楽しかったです。

町には、学校に行けずダンボールの箱を机に勉強してる子ども達がいました。

スーパーの汚いトイレの前に座って。

いぶきは、ダンボールは嫌だと言ってたけど、お金が無くて学校に行けない子どももいるんだよと話しました。

まだまだ難しい話。どうしたらいいのかね~と話した日の夜。

いぶきは、お金があるから分けてあげようと思い出したように言いました。

そうだよね。お金がある人が分けてあげたらいいんだよね。

お金に価値があるんじゃない。
たくさん持っていることに価値や意味があるんじゃなくて、使い方に価値が生まれるんだよね。

いぶきの持ってる百円だって、途上国では苗木が買えて、たくさんの実をつけたら、生活だって支えてくれる。

イメージしよう。ジョンレノ
ンも言ってたじゃない。

見えない未来をイメージして、価値あるお金をつかえたらいいね。

わずか4歳の子どもにだって分けることが出来るなら、私達大人が出来ることはもっとたくさんあるんじゃないかな。

平和ボケしていた私には、色々感じることが多かったです。

親子ボルネオ日記

寒中お見舞い申し上げます。
久々のブログになってしまいました。

ボルネオ島から帰り、十日程経ちました。

安いホテルに、豪華なホテル。豪華なお宅に、貧しいお宅。

色々な場所と人を訪ねました。

不便はいいけど、不衛生は問題だと子連れだからこそ、より深く感じました。

ティウロン村には、数を忘れる程行ってるけど、こんなに雨水が濁って、臭いのは初だったかも。

そんな汚く冷たい雨水で、子ども達も入浴させてしまったけど、、

こちらの人には日常。

日本人にとって、この非日常を、大人は我慢する感覚だけど、子ども達には乗り越える感覚なんだなって。

行くまでは汚いトイレはイヤだと、美味しくないご飯はイヤだと、わがまま言ってたいぶきも、やるしかない状況になると、トイレも風呂も
食事もなんなく乗り越える姿を見て、感動しました。

旅は、強くしてくれる。

トイレは汚くて嫌だけど、友達がいて楽しいとティウロンで過ごしていたいぶき。

当たり前の価値観が、少しだけ変わったかな。

お湯が出る風呂が当たり前じゃないよねって、冷たい雨水を悲鳴あげながら一緒に入りました。

色々な教育法があるけど、我が家は旅学。これを教育法にしよう(笑)

どんな場所でも大便が出来るようになったいぶきは、誇らしげでたくましく見えたから(笑)

そしてたくさんの出逢いと再会の旅。その分別れは切なかったけど、一期一会の経験をさせられたことも良かったです。

会う人、会う人が私達を家族と言ってくれた。

すぐに会えない寂しさはあるけど、世界中の家族がたくさんいること、それが子ども達
を支えてくれると信じて、私達はこういう旅を続けようと決意したお正月でした。

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