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ティウロン村の笑顔を守りたいブログ

経験こそ財産

子ども達には、母のやることやることに付き合わせてきてしまったけど、それが良かったと思っています。

連れて行く場所場所で、自分はどう過ごすか考えて、手伝ってくれる時もあれば、勝手に遊んでいたり、遊んでくれる人を見つけては遊んでもらっています。

まだ、赤ちゃんの時の講演は抱きながら、授乳しながら話をしたり、床にハイハイさせたまま話をしたり。

我が家でヘアメイクレッスンをした時は、人形を持ってきて隣で真似をしていたり。

お母さんがどんな仕事をしているのか、どんな人達に支えられているかを見せられたし、講演内容は子どもなりに理解してくれて、環境問題を子どもなりに大事に考えています。

きれいな水が当たり前じゃないことも、電気があることが当たり前じゃないことも、体験して学びました。

観光旅行は、大きくなって自分で好きなだけしてくれたらいい。

経験こそ財産。
子ども達とまだまだ体験したいことがあります。

安全な水を贈るため、今話を進めている村に一緒に行って、完成した時のみんなの笑顔を子ども達に見せたいと思っています。

環境問題なんてガチガチな言葉は、拒否反応して当たり前。

だから川での洗濯や雨水での生活はしてみたらいい。匂いが臭くて、気持ち悪かったり、写真だけじゃ感じられないこともあるから。

お母さんが何のために募金活動をしてるか、

この笑顔のためだよって。
パイプや井戸を完成させたい。

ここにお母さんの喜びがあるんだよって。

心もまた、なまものだから、なまで感じて欲しいです。

マイムマイムフェスにハガキ、キャップをお持ち下さった皆様、募金をして下さった皆様、ご協力ありがとうございました❗
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信じることが出来たから

今日もペットボトルキャップを届けて下さる方がいて、今回は140kg。ご協力ありがとうございます❗

あんなに軽いペットボトルキャップが一年で1トン以上集まります。

募金活動をはじめた時に、私1人の五千円より、五千人が出してくれる一円に価値があると思いました。

わずかな力をバカにする人でなく、微々たる力を信じて協力してくれる人はたくさんいました。一年での目標額の五千円を遥かに超えた100万円には、5000人を超える人の想いが詰まっていました。

小さな口の募金箱には、押し込められた千円冊が何枚も入っていました。

ティウロン村には全世帯に貯水タンクの設置と、井戸を掘り、マレーシア、サバ州の二ヶ所の村には山から繋いだパイプを設置。

植林はマレーシアだけでなく、インドネシアにも出来ました。

周りを頼って募金活動をはじめなければ、私だけの支援金では活動地域を広げることは出来ませんでした。

誰が言ったか、
敵を作らない人生よりも、味方を増やす人生を。

周りを頼ってもいい。味方を増やせば、夢は叶うと信じています。

まだまだこれから

今日はいつもティウロンの活動でお世話になっている議員さんにうどんをご馳走になりました。

78歳で、ゴミ問題、ひきこもり問題、地域のために色々向き合い考える姿に、「78歳になられて、すごいですね」と私が言うと

「まだまだこれからだよ!」と言われました。

まだまだこれからかぁ。

私達夫婦の講演会も企画しようとしてくれています。

いつも200㎏程のペットボトルキャップを集めてくれて運んでくれて、、。

協力してもらってばかりいるのに、いつも必ずお土産を持ってきてくれて、うどんをいつもご馳走になります。

今日は座右の銘の3つの言葉を聞きました。

「自分の顔に恥じないこと」「にっこり笑うこと」「相手の身になって思うこと」
 

今日のお土産は、車いっぱいの菊とコスモスでした(笑)どうしようか、、(笑)

まだまだこれからだよ!と言われていたけど、

食後に薬を飲んでいたのを見て、まだまだ元気でいてほしいなと。

頑張らなきゃいけないのは、若い人間、こっちだなと。。

いつも多すぎるお土産は、必ず誰かにお裾分けするのだけど、それも何人に分けても余るほどいっぱい。

人のご縁が大事だといつも言ってみえるから、私に周りにもお裾分けさせてくれてるのかな。

早速、お裾分けにと他の人に菊を持っていくと喜んでくれて、そのお返しにとニンジンをもらった。

こうやって、誰かの笑顔を思い浮かべて、分けあって生きていくのが大事なんだよと教わった気がしました。

笑われてもいい

募金活動をはじめてもうすぐ13年。ティウロンに通いはじめてからは19年になる。

妊娠しても通ったし、子どもが産まれてからも通い続けた。

小さな赤ちゃんを連れて、「そんな不衛生な所に赤ちゃんを連れていって大丈夫?」と聞かれたけれど、

そんな不衛生な所で、暮らしている人はたくさんいた。

だからこそ、きれいな水をおくりたかった。

今も、まだ水に困っている地域はあって、その村に何が出来るかなと現地の人と話をしている。 

日本に帰ってどれだけ心を込めて話をしたって、無関心な人はたくさんいるし、理解出来ないと言われることもある。

夢を鼻で笑われれば、私って鼻で笑われるようなことしてるんだなぁ~と思ったりもした。

でも、夢を真剣に応援してくれる人達もたくさんいる。

鼻で笑われるかもしれないのに。

夢を語れる仲間がいるってなんて幸せなことなんだろう。

心の根っこが折れなかったのは、そういう人に恵まれたからだと思う。

七五三

結婚するまではブライダルの仕事をしていた。

田舎ではまだ家で白無垢を着て、花嫁タクシーにお嫁さんを乗せて会場に向かう。

そのおしたくをずっとさせてもらった。

ヘアメイク着付けをし、最後の口紅をお母さんが塗られる方もいた。

これから嫁ぐ女性が、母と娘になる瞬間は本当に美しかった。

一生に一番幸せな時間を関わらせてもらえる仕事だった。

仕事とは、幸せで誇れるもの。
ワクワクしたり、努力したり、感動があるものが私にとっての仕事。

こども達も、いつか就く仕事がそうであって欲しい。

七五三の紅をさしながら、成人式も花嫁も娘の口紅を塗れたら幸せだなぁと思った。

出来ることから

東南アジアを旅する時は、学校訪問することがほとんどです。 

驚くのは開発途上と言われる国の方が、環境問題を学校で学んでいるんじゃないか?ということ。

日本は東南アジアの木をたくさん伐採して、東南アジアの人達が困っていることを知らない。

世界の裏ではたくさん泣いている人々がいるのに、まだまだ欲しいと物が溢れる。

日本で捨てている食料が、食べられない人達に届いたらいいのに。

私が通うボルネオ島ではたくさんの木が伐採され、動物達が住む場所を失っている。

海外の活動をしていればまずは日本だろうと言われるけれど、

たくさんの恩恵を受けてきて、、

その犠牲に苦しむ人がいて、

まず日本なのかぁ。

国に、人に、優先順位なんてないと思うんだけどなぁ。みんなおんなじ命。

難しいことは苦手なので、とりあえず動けることで動きます。

安全な水をボルネオ島に届けるため資金を集めています。書き損じハガキや余っている古い年賀状など家で眠っているものがあれば、譲ってください。

換金された資金は、毎回直接現地に届けています。人と人が繋がって、直接現地の人の声を聞いて、直接笑顔が見える活動でありたいなぁと思っています。

森をつくる

昔ミャンマーに一緒に行った友達に、ペットボトルキャップが森になったと話したら、友達が言ってくれた。

「お互いの思い入れがないと、きっと「森」にはならないだろう。
実際、私たちがミャンマーで植えた苗木はどうなったのか、そんな一見さんの日本人が植えた木を育ててくれただろうか?
世界各地で、ボランティアは行われているけど、現地の人の協力がないと実を結ばない事も多いよね。
あさちゃん達の森は、お互いの信頼関係と、あさちゃんの喜ぶ顔が見たくて頑張ってお世話してくれたんだろうね。あさちゃんの毎日にはドラマがあるね」と。

ミャンマーでの日々、彼女とはドラマを探した。
ボランティアと言えば聞こえはいい?けど、私はこのドラマに魅了されたんだと思う。

いつも出逢いがあって、別れがあって、笑いや涙があって、村人達との絆を結んできた。

そこには深い感動があって、もうやめられない。私に旅は中毒のようなもの。

やりたいからやってるだけだけど、やりたくない外国人が木を植えに来たって、確かに嬉しくない。

お互いに気持ちいい活動を目指して、次の水供給プロジェクトも進めたい。

子ども達の存在

うちは夫の出張が多く、土日はほとんど仕事のため、どこに行くにも三人が多かった。

都会、人混みが苦手でアジアには子ども二人連れて行けるのに、名古屋に二人を連れて出かけることも出来なかった。

でも先月は会いたい人達がいたので苦手な大都会、東京に子ども達と行くと、子ども達の成長に気づいた。

ちっとも大変じゃない。
なんなら、助けてくれることもある。

まだまだ幼かった子ども二人を連れて出かけてる時は、それはヘトヘトで満席の席がやっと空いてコーヒーを飲もうと席に座った瞬間コーヒーをひっくり返され服が汚れ、コーヒーが飲めなかった時は、全てが終わったかのように、ぐったり疲れ、一杯コーヒーを飲みたいだけなのに、、、とワンオペ状態の自分に泣けた。

どれだけ頑張ろうが褒められることもない。発狂する子どもとコーヒーをかぶるママ、、そんなことはいくらでもあった。

でもそんな時も一瞬。

「お母さんさぁ、もう二人と世界中どこにでも行ける気がするよ!」と言うと

「うん、行けるよ」と子ども達。

ワンオペじゃない。子ども達は今は仲間だと気づいた。