FC2ブログ

ティウロン村の笑顔を守りたいブログ

旅日記四日目 さ よならパーティー



「きっと、いるよ」「きっとあるよ」

最近のいぶきの口癖の「きっと」。

私がいぶきにつかってるんだろうけど、いぶきの「きっと」って言葉は信じたくなるし、叶えたくなりますね(笑)

日本に帰ってからも、靴を履きたがらず、服を着たがらず、家では裸でいます。

ここはジャングルかって感じですが、クーラー無しで裸なら健康的!?せめて、外には服を着てね(笑)


「旅日記四日目 さよならパーティー」

ティウロンに久々に行き、驚いたのは、私のお世話になった家族に赤ちゃんが増えていたこと。

六番目の子供が、五番目の子と十歳程の歳の差をあけて、増えていました。

妊娠した報告に行ったつもりが、こちらがビックリ。私の家族が、子供がまた一人ここに増えていました。

私がお世話になった家族は、今はティウロンから引っ越してパパールという村で暮らしていますが、私達に合わせて、お父さんとお母さん、赤ちゃんがわざわざ会いに来てくれていました。

その村からは車があれば、二時間の距離ですが、車がないお父さん達はバスやタクシーに乗り継ぎ、一日かけて移動してきてくれました。

他の子供達は子供だけでパパールに留守番。

パパールに残る子供達にも会いたいなぁと思っていました。

すると、ティウロン最終日に、15歳になったエレキが私達に会いに、ティウロンまで一人で来てくれました。

エレキは、思春期に入り恥ずかしそうであまり話しはしませんでしたが、想いが嬉しかったです。

出逢った頃は四歳で、私にベッタリくっつき、「一緒に日本に帰る~」と泣いていました。

八歳の時は、私に木の実を取っては、皮を剥いて食べさせてくれました。

日本から持っていった団扇で私をあおぎ、エレキは汗だくなのに、ずっと笑って私を扇いでいました。

数年後、大きくなり、携帯をいじっていた(親の携帯)エレキは、私にベッタリくっつくことはなく、私から離れた場所でずっと携帯を見ていました。

さみしいなぁと私が覗くと、私の写メをいっぱい写していました。

ティウロンで結婚式をあげた年、エレキはずっと話さなかったけれど、ウェディングドレス姿の私に微笑んで「きれいだよ」とだけ一言言うと、さっと姿を消しました。

私にはかけがえのない子供で、成長をずっと見てきたエレキだから、会いに来てくれただけで涙が出そうになりました。

今回も話しはあまりしませんでしたが、別れ際にエレキがずっとこちらを見て笑顔で手を降ってくれた姿が忘れられません。

雨水の風呂に一緒に入っていたエレキが、今は随分とお兄さんになっていたけれど、彼の中にも家族という枠に私達を入れてくれているのかな。

ティウロンに通った期間やお金を費やせば、私はもっとたくさんの国に行けただろうし、世界一周だって出来たかもしれない。

でも、色々な国を旅してくるよりも、その地の人と成長出来た十一年は、私にかけがえのない財産になったし、旅ではなく暮らしの一部になっているのかなと思えました。


さよならパーティーでは、村人が歌と踊りを見せてくれて、日本からは旦那のプチライブを。

泥池に素っ裸で入っていた子供達は、みんな思春期に入り、服装なんかも色気づいていたけど、その子供達がみんなで歌をうたってくれました。

日本の子供なら恥ずかしがって、歌わないだろうに…

経済の成長も、子供達の成長も見てきた十一年。

変化の中で、私達には変わらないものがあると確信できたから、シャイになった子供達にも、近代化したティウロンにも、まぁいいかな。と…。

急速に変わる時代に、変わらないものがあって、それを大切に出来ればいいなぁと思いました。


スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://tiulon.blog44.fc2.com/tb.php/560-afe8e357
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)