自分を誉めてあげてと言われて、自分にも呆れるぐらい必死で頑張っています。
いぶきにも色々してあげたいし、何より逆子でも産めるように、命がかかってますから。
いぶきの時程の運動が出来なくても、限られた時間の中で、眠かろうがいぶきの起きてくる前の時間に歩いたり、寝かしつけてからアロマの練習したり、時間を作るのに必死です。
そんな中、旦那は仕事で家族の時間はとれません。
育児に家事、何よりお産が人任せに感じて、悲しくなりました。
そんなことはないんだろうけど、こちらは命をかけての覚悟です。
あの長かったお産と、命ギリギリのお産が甦り、恐怖を感じる時もあります。
大丈夫って、自分を褒めるためじゃない。
大丈夫って自分が安心したいから、私は必死で身体を作っています。
旦那は産休をとってくれます。
時間をとるために、働いてくれてますが、産まれてくる命に、もう少し今、向き合って欲しいと思うのは私のワガママでしょうか。
両親学級もお産準備も、一緒にしたいとお願いしても、忙しさの中で忘れられてしまいます。
大きなお腹でベビーベッドを組み立てるのは一苦労だったし、いぶきもいるわけですから、色々と時間がかかります。
二人の子供なのに、命をかけるリスクと覚悟が違う気がして、旦那に当たってしまいました。
覚悟して欲しいとは言いません。
でも、決死の覚悟に寄り添ってもらえたら。。
流産した後に授かった赤ちゃん。
切迫流産しても、頑張って子宮にしがみついていた赤ちゃんを、私は産んであげたいんだよ。
赤ちゃんの「産まれたい!」って想いに、こたえられる母になりたいんだよ。
母になるために努力するように、父になる人に協力を求める私は小さいのでしょうか。
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